2011年7月18日月曜日

節電の夏に人気の岐阜伝統の水うちわ、飛ぶような売れ行きに職人は複雑な表情



東海地方は節電の暑い夏が続くが、岐阜市湊町のうちわ専門店「住井冨次郎商店」=店主、住井一成さん(48)=で製作の水うちわが、猛暑解消の“切り札”と人気を集めている。水うちわは、水にぬらしてあおぐと気化熱で涼風がほてった肌を癒やすとされ、節電には心強い優れものだ。 が、ちょっと待った。

 「昔ながらの材料で手作りの水うちわ。現代人が思うほどの防水効果はなく、長持ちしませんよ」と期待に“水差す”住井さん。「何より、丹精を込めて仕上げる職人の技と心を大切にしてほしい」とこぼす。本来は実用品の水うちわだが、今では伝統工芸品でもあり、節電で急に脚光を浴びた利用法には複雑な表情だ。水うちわは今年、約600本を準備したが、飛ぶような売れ行きで残りわずかとなった。(中部総局 山根忠幸)


店頭販売が信条


 「糊(のり)の濃さ口伝(くでん)ならざり団扇(うちわ)貼る」(静鵜)

 うちわ職人の意地と誇りを詠んだ1句だ。住井さんは4代目店主。3代目で父の故冨弥さんの仕事ぶりに接した地元の俳人が句にしたという。「職人の心意気が伝わる」と同店のうちわの説明文に盛り込んでいる。

 岐阜市で現在、専業で岐阜うちわを手がけているのは住井商店だけという。京都のうちわ製造の老舗(しにせ)で修業を積んだ初代が明治中ごろ、のれん分けで岐阜に移り住み創業した。一時的な中断はあったが、伝統の技法を今に残している。

昭和期の駄菓子屋をほうふつさせる店先には、水うちわをはじめ、渋(しぶ)うちわなど絵柄も色合いもさまざまな作品が並び、ここだけは屋外の暑さを忘れ、涼やかな雰囲気が漂っている。開け放たれた入り口を飾る多種多彩なうちわの奥が、住井さんの仕事場だ。6畳ほどの広さの一見すれば雑然とした仕事場だが、それは素人目。実はのりが入った陶器やはけ、和紙などが効率良く配置されている。作業をしながら、訪れた観光客らの応対に余念がない。

 「この場所での店頭売りが基本です」と対面にこだわる住井さん。「電車賃をつかってでも岐阜に訪れ、買ってもらえる人を大事にしたい」と強調する。もちろん「買いに来い」とする高飛車な考えではない。代表的な観光に長良川の鵜飼(うか)いがある岐阜だが、近年の地方経済の落ち込みは見過ごせない。「暑ければ、自動販売機のお茶でのどを潤してもらうだけでも、地域の経済が回る。うちわの店頭売りが、そんな役に立てれば」との思いだ。

 水うちわは、インターネットでも多少は扱うが、店頭に9割以上を回している。店まで足を運んでくれた人への心遣いでもある。名古屋市の主婦、青木亜耶さん(34)は「初めてですが、夏のおつかいものに」と買い求めた。店は観光客らがひっきりなしに立ち寄る盛況ぶりだ。

人気絵は金魚や朝顔


 岐阜の水うちわは、骨となるマダケ、扇部に張る雁皮紙(がんぴし)、天然由来のニスなどがそろって、はじめて完成する。「特に大切なのが、極めて薄い和紙の雁皮紙。昔は模型飛行機などに利用されていたと聞きましたが、今ではほとんど生産されていません」と住井さん。水うちわは、薄い雁皮紙に鵜飼いなどの絵を入れ、ニスで仕上げるが「仕上がりが、涼やかで透明感あふれるのが特徴」で、「ここから、水うちわと呼ばれるようになったのでは」と教えてくれた。

 住井さんは、昭和62年に他界した父親の後を継ぎ、この道約25年。「当時、すでに雁皮紙の入手は困難で、店の在庫として確保していた昭和30、40年代のものを利用し、水うちわを作ってました」と振り返るが、「それも平成6年までには切れてしまった」そうで、伝統の水うちわの灯は一時途絶えたという。

 古来、岐阜県南部の美濃国で生産される和紙「美濃紙」は、高い紙漉(かみす)き技術に支えられた紙質が評価されてきた。原料は、いずれも植物のコウゾ、ミツマタ、ガンピなど。なかでも、ジンチョウゲ科の落葉低木に属するガンピの樹皮で作られた雁皮紙は、薄くなめらかで丈夫な和紙として知られる。だが、生活様式の変化などで生産は落ち込み、簡単には入手できなくなったという。

うちわ製作は、マダケを割くなどする柄や扇部の“骨”づくりをはじめ、絵入れ、張り付けなど熟練を要する繊細な工程がある。すべてを1人の職人で扱えば、時間がかかるなど作業効率は落ちる。「ようやく6年前、岐阜で雁皮紙の仕入れ、絵入れのできる職人と出会い、水うちわの復活にこぎつけました」と住井さん。「仕入れ先は、美濃市の業者からと聞きます。絵柄は、うちに残る伝統的なものが大半」と話し「今年は、そのオーソドックスな絵柄の金魚やアサガオ、ホタルなどに人気が集まり、残り少ない」という。昨年は、7月中は在庫があったが、今年は絵柄によっては品切れ状態となっている。

 手作りの水うちわは、売れたからといって、簡単に増産できない。必然、限定数となり入手できれば幸運という訳だ。今年分の製作は昨年12月から始めた。まず、マダケを1本ずつ割いて、最も大切な骨をつくる。次いで、今年2月ごろから、絵入れが行われた雁皮紙を骨に張り付ける作業。5月ごろに仕上げのニス塗りとなる。最後の工程は、気候に大きく左右されるという。「暖かくなって、その日の天気を見ながらの作業。塗ったニスに透明感を持たせるのが目的」と7~10日乾燥させて完成する。


鵜飼いと水うちわ


 岐阜うちわは、室町期には作られ、江戸期には特産品になっていたようだ。岐阜市歴史博物館がまとめた「日本のうちわ-涼と美の歴史」によると「明治36年には年産約147万本、職工数180人を数えるようになった」などとし、明治期の産業としての隆盛ぶりがつづられている。水うちわは、岐阜うちわの1種で、地元ではかつて、鵜飼いで舟上の観光客が清流にひたしていたとする説話も残るという。

長良川の鵜飼いは現在、最盛期を迎えている。夜ともなれば、鵜匠(うしょう)がウを励ます「ホウ、ホウ」という声のほか、清流を走る鵜舟の音、船頭が舟べりをたたく音などがかすかに聞こえてくる。平成8年、当時の環境庁が「日本の音風景百選」に認定した。住井さんの店は、そんな音に彩られる川岸にある。

 鵜飼いと水うちわの取り合わせは、風情があってうなづけた。が、単純にそう考えていいのか。最後に、うちわ製作に長年携わってきた住井さんの母の美津江さん(77)の思いを紹介する。「うちわ製作には、作る楽しみがあります。出来上がる過程が面白いのです」と手作業に生きる職人としての素朴な喜びを語る。

 水うちわは、確かに水にひたして涼を得る利用法はあるだろう。だが、昔ながらの材料と製法で仕上げる水うちわに、過度にその効果を期待できないのも事実だ。水につければ、ニスが落ちて白く濁り、傷みも早いという。「水にひたし、じゃじゃくちゃ(めちゃくちゃ)に使う人と大事にする人には差があると思います」としたうえで「1本ずつ丁寧に仕上げた手作りのうちわです。利用法は買った人の自由ですが、大切に使ってもらいたい」と胸中を吐露する。

 手作りと機械で大量生産し消費する製品とは、おのずと違いがあると指摘する。伝統工芸品に限らず、ものづくりに携わる職人の思いに触れた気がするのは、私だけだろうか。

【住井冨次郎商店】 鵜飼いが行われる長良橋近くの岐阜市湊町46にある。鵜飼い見物の乗船場となる岐阜市鵜飼観覧船事務所が目印。水うちわは、豆うちわは売り切れ、鵜飼い絵の卵形は4800円、ホタルやアサガオなどの小判形が3100円。このほか、渋うちわ3400円、鵜飼扇子2400円、芭蕉うちわ1250円など。(電)058・264・4318。

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